※ このページは、保護者の方に ご理解頂く為に掲載しました。
《 役 柄 》 会 長: 大黒 1955年 高知市生まれ。
《 経 歴 》
- 1971年11月頃に町道場の関西派拳心館にて習い始め半年位で師範に前蹴りを入れ、不信感を抱くと同時に先輩方も強い人が余り居なくこのままでは、『空手バカ一代』の様には成れないと辞め、通信教育のマス大山スクールに加入したのですが、組み手相手が無くストリートファイトに3・4年明け暮れてました。20歳を迎え初夏に四国八幡浜市に極真会館芦原道場を知り、劇画のように本当に強いのかと芦原英幸先生にチャレンジしてしまい、コテンパンに叩きのめされ。諸先輩方に女郎宿へ担ぎ込んで頂き・・・夜中に目が覚め赤電球の下で我が姿を鏡で見ると・・・顔面晴れ上がり『お岩さんの様でした』このまま逃げ帰ろうかと思いましたが・・・本物の強い先生に出会え、技を吸収したく2日後に正式に入門し、先生の必殺技を持って帰れと個人指導頂き、1週間位寮生活させて頂きました。その後、大手企業に就職し転勤になり、香川県善通寺支部で2年間補佐。帰省し、1986年30歳の時に町の公民館で『新格闘塾』高知市と田野町で指導にあたる。昔の極真会的スパーリングで厳しく生徒を育てる能力が無かったのか、わずか2年位で練習に来る生徒がいなくなり閉鎖。再婚し我が子も小学校低学年。いじめられていたようで、家内からどうか空手を教えて強くして欲しいと・・・98年6月に『聖心会館』を立ち上げ今日に至っています。 まだまだ語り尽くせません。面白いエピソード等沢山有りますが後日、プログでご紹介します。
《 主 な 戦 績 》
- 極真会館黒崎健時先生『新格闘術』主催。1978〜81年頃の映画、"格闘技オリンピック”全国初の開催、プロ・アマミックスの"ケンカオリンピック腕っ節日本一大会"中量級に於いて、昔の実績ですが、6位入賞。(その後、四国までグローブやリングの情報が無く、試合出場無。)
《 ひとこと 》
- 体格に恵まれない私が、いかにして動体視力を使って相手のパンチをかわし、一撃で倒すか、又、生涯動きと、若さをどのようにすると保てるか、日々模索と研究・鍛錬を繰り返し現在も、生徒達といっしょに修行に励んでいます。ちなみに、随分前からダンスミュージックをバックに練習します。又、腰痛等良く起きる人の為にカイロ整体を早くから取り入れています。
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◆ 2006/4月30日 SAMURAI−K
大会終了後
全日本キックボクシング連盟
フェザー級4位 ラスカル・タカ選手
フェザー級5位 岩切 博史選手
上井先生と神田ジムで個人指導後
記念撮影。
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